2012
あの震災以来巷には「絆」「祈り」などという歯の浮いたような固有名詞が日本中に溢れ出している。しかしガレキのひとつ受け入れられやしないのに。
エネルギーと消費という命題に多くの人があの日以来自分自身のこれまでの考え方を振り返らざるを得ない状況に陥った。
党利党略に走り何も決められない国会、誰も直せない原発、日本というこの怪物のようなスーパーカーはブレーキもバックギアもなしにただただ戦後を突っ走って来たのである。
確かに効率的生産や企業努力で国民生活は豊かに便利になり、我々はその恩恵を十二分に受けたが、それと引き換えに先人が作り上げて来た数々の美徳や伝統は犠牲になってしまったのではなかろうか。
そして昨今関西発信で何やらきな臭いにおいもする。
個の考えという概念の薄いこの国の民の流されやすい思考回路の危うさを感じる今日この頃である。
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